卒業論文「クラウドの構成と展望」

ネットワークシステム研究室
指導教員:坂本 直志
12EC129 横山 燿広

第一章 はじめに

かつて日本でクラウドが注目され始めた頃、クラウドのメリットはコストを削減出来るということが盛んに言われていた。しかし実際に総務省の平成28年版情報通信白書でのクラウドサービスを利用している理由によると3位に「初期導入コストが安価だったから」と運用後の事は考えていない理由が入っていない。1位は「資産、保守体制を社内に持つ必要がないから」2位は「どこでもサービスを利用できるから」と機能面理由にしたものである。7位でやっと「既存システムよりもコストが安いから」とコスト削減を目的とした理由が現れた。クラウドが普及してきている今、結局のところはコストを削減することを目的にしているものが少ない。ということは、コスト削減にはあまり効果が無くあまり目的にし得ないということが考えられる。結局クラウドはコスト削減のためになるものではなかった。しかし、情報通信白書ではクラウドサービスの利用状況の割合を見ると2014年末に38.7%であったものが、2015年末には44.5%と増加している。つまりコスト削減以外のところにクラウドのデメリットを上回るほどのメリットがあるということである。

したがって本研究では、ユーザーがふえているがコスト削減を目的としないという前提で、今一度クラウドについてどのようなものだったか確認し、そこから想定される現状のクラウドが将来的にどういった形になっていくかを予測し、今ある選択肢を比較しまとめることにする。

本稿の構成は以下の通りである。第二章でクラウドとは何が、理解するのに必要な基礎知識を確認する。第三章では現状使われているクラウドについて現状を探ってゆく。四章ではクラウドが持っているリスクやデメリットを紹介する。そして最終的に第五章ではクラウドの未来の予想をし、六章ではまとめを示す。

第二章 クラウドとは

クラウドという概念は新しい物であると思われがちである。しかし実際にはその元となる現在ではクラウドと定義されるようなサービス1999年より以前から存在する。クラウドはクラウドコンピューティングの略称である。言葉自体は、2006年に当時CEOであったエリック・シュミットのスピーチがきっかけであるとされている。社内インフラでは従来のオンプレミスと呼ばれるシステムが構築されたサーバーが社内、組織内にあり、物理的なハードウェアを所有し使用する形の運用であった。

一方クラウドは、今まで手元にあったサーバ、ストレージ、アプリケーションなどがインターネット上にある。これをクラウドプロバイダーが、サービスと言う形で供給する。

クラウドには明確な絶対の定義と言った物は無い。

前記の通り、クラウドは、インターネットを経由して利用する。ユーザーは「サービスがインターネット上でどのようなネットワークの経路を通ってきたか」などを考える必要が無い。考える必要が無いので、サービスは雲の中に隠れているとイメージされる。なので一般的には、クラウドは雲に例えられる。

図 1 経路や場所を考えなくて良いクラウドサービスのイメージ図

また広く使われている定義として、米国国立標準技術研究所(NIST)の定義と言うものがある。この定義によると、クラウドコンピューティングとは、「共用の構成可能なネットワーク、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービスといったようなコンピューティングリソースの集積に、どこからでも自由に、必要に応じてネットワーク経由でアクセスすることを可能とするモデルであり、最小限の利用手続きまたはサービスプロバイダとのやりとりで速やかに割当てられ提供されるものである」とされ、「このクラウドモデルは5つの基本的な特徴と3つのサービスモデル、および4つの実装モデルによって構成される」とある。5つの基本的な特徴とはそれぞれ、(1)ユーザーは、各サービスの提供者と直接やりとりすることなく、必要に応じ、自動的に、サーバーの稼働時間やネットワークストレージのようなコンピューティング能力を一方的に設定できること、(2)コンピューティング能力は、ネットワークを通じて利用可能で、標準的な仕組みで接続可能であり、そのことにより、モバイルフォンやタブレット、コンピューターなどからの利用を可能とすること、(3)サービスの提供者のコンピューティングリソースは集積され、複数のユーザーにマルチテナントモデルを利用して提供され、様々な物理的・仮想的リソースは、ユーザーの需要に応じてダイナミックに割り当てられたり再割り当てされたりすること、(4)コンピューティング能力は、伸縮自在に、場合によっては自動で割当ておよび提供が可能で、需要に応じて即座に スケールアウト/スケールインでき、ユーザーにとっては、多くの場合、割当てのために利用可能な能力は無尽蔵で、いつでもどんな量でも調達可能のように見えること、(5)サービスが測定可能であり、クラウドシステムは、計測能力を利用して、サービスの種類に適した管理レベルでリソースの利用をコントロールし最適化しリソースの利用状況はモニタされ、コントロールされ、報告されることにより、サービスの利用結果がユーザーにもサービス提供者にも明示できることの5つである。

3つのサービスモデルはそれぞれ、(1)サービスの形で供給されるソフトウェアであるSaaS、(2)サービスの形で供給されるプラットフォームであるPaaS、(3)サービスの形で供給されるインフラであるIaaSとされており、下記の図のように○が付いた部分が各モデルでサービスとして供給される。ユーザーはそれぞれ供給されたレイヤーの上にサービスなどを開発し責任を持つ。一方で、供給されている部分はクラウドを提供する側の責任で管理される。

そして4つの実装モデルはパブリッククラウド、プライベートクラウド、コミュニティクラウド、ハイブリッドクラウドである。

表 1 3つのサービスモデル

IaaS PaaS SaaS
アプリケーション
ミドルウェア
OS
ハードウェア
ネットワーク

先程も記した通り、クラウドは2006年に言葉として定義される前から存在した。具体例を挙げるならば、現在SaaSとして扱われるサービスを、設立当時の米Salesforce.comが初めたのは1999年である。他にも米AmazonがAmazon Web Servicesを供給し始めたのは、2002年のことである。また電子メールのサービスなどは広義のクラウドとされる。そして電子メールは2006年よりも前にすでに存在している。なので、クラウドは昔から存在していた物を新たに定義した物にすぎない。

第三章 クラウドの現状

本章では、前章で説明したクラウドの基礎知識を踏まえ、NISTが定義する使用者による区分である4つの実装モデル、パブリッククラウド、プライベートクラウド、コミュニティクラウド、ハイブリッドクラウドのうち、現在多く普及している前者の2つの現状について解説していく。

第一節 パブリッククラウド

まずパブリッククラウドは、NISTの定義では、「クラウドのインフラストラクチャは広く一般の自由な利用に向けて提供される。その所有、管理、および運用は、企業組織、学術機関、または政府機関、もしくはそれらの組み合わせにより行われ、存在場所としてはそのクラウドプロバイダーの施設内となる。」とされている。このクラウドは、クラウドプロバイダーなどが提供するクラウドコンピューティング環境を、企業や組織をはじめとした不特定多数のユーザーにインターネットを通じて提供するサービスである。

図 2 インターネット上のパブリックな場所で共有されるパブリッククラウド

まずユーザーは同じ企業や共同体に所属している必要は無い。オンプレミスでは、ユーザーは自らでサーバーや通信回線など準備しなくてはならない。一方パブリッククラウドでは、ユーザーは物理的なハードウェアを自分で保有する必要がない。クラウドプロバイダー、つまりパブリッククラウドをパッケージとして販売する企業が物理的なハードウェアを用意するからである。そして、パブリッククラウドのサービスは、インターネットを通じて、このハードウェアの上で提供される。従来のオンプレミスは所有する物であった。一方でパブリッククラウドの大きな特徴は、必要な分だけ利用するということである。既存のシステムとの連携、カスタマイズ、業務プロセスの変更にかかる時間を除いたとき、パブリッククラウドは使いたいときに数分〜数十分でシステム基盤を入手できる。小さなスタートアップ企業にとって、パブリッククラウドは手軽である。ユーザーが事業を始めようとするとき、パブリッククラウドは、従来のオンプレミスと違い、用意しなくてはならない物のハードルが低い。また、パブリッククラウドは大勢のユーザーで共有している物である。そして、ユーザーはその共用の部分に関しては、信頼性の高い物を利用することを見込むことができる。小さな会社一社で用意できるオンプレミスのシステムに対して、パブリッククラウドは遥かに高いコストを使って、ハードウェアが用意されているからである。また、パブリッククラウドは拡張性の高さや柔軟性の高さも見逃せない。パブリッククラウドは一般的には定量課金制で供給される事が多い。つまりパブリッククラウドは、時間あたりでどれだけ使ったかがコストになる。一方オンプレミスは、物理的なハードウェアの購入費と運用や保守での維持費がそのままコストになる。なので、パブリッククラウドは、オンプレミスに対してコストのかかり方が変わってくる。だがパブリッククラウドでは、ユーザーはクラウドプロバイダーが用意した部分に関してコントロールが効かなくなってしまう。なので、パブリッククラウドは障害などが起きたときなどにクラウドプロバイダーの障害報告を待たなくてはならなかったりするようなことはデメリットと言える。しかし、パブリッククラウドは世界中のオンプレミスのサーバー上にあったものを一箇所に集約化させる事によってスケールメリットを得るようなものであるので、システム専属のセキュリティーなどの担当がいないような中小企業やスタートアップなどではそれでも自社で用意するより信頼性の高いシステムが構築できると考える事もできる。パブリッククラウドのシェアは、現在の世界市場においてはAmazonのAmazon Web Services、MicrosoftのMicrosoft Azure、IBMのSoftLayer、GoogleのGoogle Cloud Platformという4強が圧倒的にリードをしている。国内市場では、調査会社のMM総研のクラウドサービスを導入済または検討中の法人、計1609社に対するアンケートによると、Amazon Web Servicesが41.1%で1位、2位がMicrosoft Azureで18.7%、3位のGoogle Cloud Platformが12.6%、4位がNTTコミュニケーションズのCloud n、5位が富士通のFUJITSU Cloud IaaS Trusted Public S5が9.2%と、上位3社で世界市場と同じ4強の内の3社に締められている。特に1位のAmazon Web Servicesは全体の圧倒的に大きなシェアを占めており、市場を牽引している。

図 3 パブリッククラウドの利用率「国内クラウド市場は2019年度に2兆円へ成長 - 株式会社 MM総研」から

ここでは国際市場でも国内市場でも上位のシェアを持っているAmazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloud Platformについて見ていく。

第一項 Amazon Web Services

アメリカ合衆国・ワシントン州シアトルに本拠を構える世界最大級のオンライン小売事業者であるAmazonは、運営するECサイトが急成長する際に「ハードウェアのメンテナンス」「バグフィックス」「キッティング」「障害対応」といったECの成長とは直接は関係の無いところに膨大な時間を取られていることを発見した。これを解消するために、Amazonは新しいサーバーを増やしたい等と思ったときなどにワンクリックで出来るようにインフラを構築した。Amazon Web Servicesは、これを2006年に開放することで始まったパブリッククラウドのサービスである。まず、バージニア北部に北米東部リージョンと呼ばれる物を開設した。リージョンとはサービス提供の単位である。これは複数のデータセンターで構成される。日本では、Amazon Web Servicesは膨大なアクセスを対処するなどのクラウドでしか出来ないようなことを実現するために利用されていた。しかし2011年の3月に、Amazonは東亰リージョンが開設した。このことによってAmazon Web Servicesは日本での利用形態の幅が広がり、幅広く用いられるようになった。現在パブリッククラウドの市場において、前記の通り日本市場においても世界市場おいてもトップシェアを誇っておいる。他にもPaaS、IaaSを個別に見てみると調査会社のSynergy Research Groupが発表した2世界市場での2016年第3四半期のPaaS、IaaSの調査結果によると、IaaSでは45%のシェアを誇り、2位以下を大きく引き離しその地位を確固たるものにしている。一方PaaSでは2位のSalesforce.com、3位のMicrosoft、4位のIBMをあわせたシェアとほぼ同等のシェアを持っている。

図 4 世界市場でのシェア 「IaaSにおけるAWSのシェアは45%。PaaSにおいてもAWSは1位という圧倒的強さ。Synergy Research 2016年第3四半期の調査結果」より

AmazonがAmazon Web Servicesを成功させる事ができたのは、Amazonオンライン小売事業者であるというところが大きい。従来のIT企業がIT業界の大きな利益幅に依存した形で事業を行ってきたのに対し、Amazonは小売の考え方をそのまま持ち込むことにした。つまりネット販売と同様の“ハイボリューム・ローマージン”で利益率が低くても多くのユーザーに使ってもらう事によって大きく普及し、規模の経済を貫き通すことが可能となった。それどころか、Amazonは小売というITと比べてとても低い利益率の業界の出身であるので、マージンを低く設定してもむしろ今までより利益の上がる割のいい仕事になるということである。実際に第4四半期利益率を見てみると、EC事業が四半期で約2.5兆円の4.66%なのに対し、Amazon Web Servicesが約824億円で29%と圧倒的に高いことが分かる。

現状で最も普及しているパブリッククラウドのサービスであり、また上記のようにAmazonという企業としても収益の柱の一つとなっているサービスでもある。なので、今後まだしばらくはサービスの継続や発展を期待できるクラウドではある。

第二項 Microsoft Azure

上記の第一項でAmazon Web Servicesが現在最も普及したパブリッククラウドでIaaSに関しては圧倒的シェアで市場を支配しているとしたが、一方で2位として確実にシェアの差を縮めてきているのがMicrosoftのMicrosoft Azureである。Microsoft Azure は、Windows Azureとして2010年1月に各種の企業向け製品の開発・販売で得た経験やノウハウを元に開発された。パブリッククラウドで、2014年にMicrosoft Azureに名前を変更し、現在では世界市場のシェアで、IaaSでは2位、PaaSでも3位として現在の世界市場の4強の内の一角を占めるパブリッククラウドのサービスである。このMicrosoft Azureの大きな特徴は、企業がユーザーになることを前提としているということである。Microsoft Azureは既存のシステムとの連携やセキュリティ、料金体系などが企業にとって使いやすいように作られている。また、Microsoft Azureは、他のサービスより多くのリージョンを用意している。現在30のリージョンが展開されており、日本でも東日本と西日本の2つのリージョンが存在している。これは、Amazon Web Servicesが12リージョンで日本のリージョンは一つであることを考えると圧倒的な多さであると言える。またMicrosoftはパブリッククラウドとプライベートクラウドを両方自社で取り扱っているので、ユーザーはこの2つを組み合わせたハイブリッドクラウドを選択肢とすることができる。実際に米HyTrust社が実施した海外調査では、運用するクラウドにどのプラットフォームを選択するつもりかという質問に対し、Amazon Web Servicesは22%の3位なのに対し、Microsoft Azureが1位で32%という結果となった。特に製造業や金融業は特にMicrosoft Azureを選択する回答者が多かったようだ。

第三項 Google Cloud Platform

検索エンジンをはじめ、多くのWebサービスを扱い、自動運転などのビッグデータやITを駆使して新たな技術の開発を行っているアメリカのGoogleは、クラウドではSaaSのGmailやGoogle Driveなどが有名である。GoogleがIaaSに参入したのは2010年である。なので、Googleは、Amazon Web Servicesから4年遅れる形となってサービスを開始することになった。Googleは他のパブリッククラウドのプロバイダーとは違いクラウドから出発している会社である。なので、Googleは、日々のオペレーションを支えるために作られ特化した洗練されたクラウドをすでに稼働させていた。しかしGoogleはAmazonとMicrosoftから出遅れてしまった形になってしまった。シェアが少なくインターネット上で参考に出来るような資料も少なく、国内メーカーのような手厚いサポートに期待できるわけでもないサービスである。しかしこのクラウドは、Googleが他の事業で利用している物と同じ分散型データーベースサービスをベースにしている。そのためGoogle Cloud Platformは、ビッグデータなどにも強く、高性能で、たった数秒で欲しい回答を的確に返してくれるような独占的なシェアを誇る検索エンジンを支えている速度があり、性能面では他に比べて優位性のあり、機械学習やビッグデータ解析などの独自の機能が充実しているサービスである。

第二節 プライベートクラウド

次にプライベートクラウドは、NISTの定義では、「クラウドのインフラストラクチャは、複数の利用者(例:事業 組織)から成る単一の組織の専用使用のために提供される。その所有、管理、および運用は、その組織、第三者、もしくはそれらの組み合わせにより行われ、存在場所としてはその組織の施設内または外部となる。」とされている。パブリッククラウドは不特定多数のユーザーで共有されるクラウドであった。一方でプライベートクラウドは、一つの企業やグループの中などの限定的な範囲だけで利用されるクラウドである。

図 5 グループ内でのみ共有されるプライベートクラウド(オンプレミス型)

パブリッククラウドは企業や組織に所属する限られたユーザーだけに提供されるクラウドである。この現在プライベートクラウドと呼ばれている物には、その提供方法によって大きく2つのパターンが存在する。一つのパターンはホステッド型のサービスである。オンライン上にあるクラウドサービスの中に、ユーザーとなる企業だけがアクセスできる仮想的に仕切られたクラウド領域を準備する。そして、仕切られた空間の中で自由にシステムを構築することができる。パブリッククラウドとは違い定量性ではなく定額制であることが多い。パブリッククラウドでは基本的にはクラウド事業者のセキュリティポリシーに従わなくてはならない。一方でホステッド型のプライベートクラウドは、比較的に企業独自のセキュリティー要件を満たす環境を構築することが出来る。もう一つパターンはオンプレミス型である。自社内にプライベートクラウドの基盤となるデータセンターを用意し、これを自ら仮想化しユーザーとなる企業自らで各部署やグループ企業にクラウドとして提供する形の物を指す。前者は中小企業のような中規模なネットワークに向いており、後者は物理的なハードウェアにかかるコスト自社で負担してでも自由にプライベートクラウド使いたいと言うような大規模サービス向けの物である。

IDC Japanが2015年に調査したところによると、2015年の国内のパブリッククラウドでの市場2516億円で2019年の予測は5404億円である一方で、2015年の国内プライベートクラウド市場が6196億円で2019年の市場規模の予測は1兆8601億円となっている。現状ですでにプライベートクラウド市場の方がパブリッククラウドより高く、2019年には3倍以上の差になると予測される。市場規模やその予測にこのような大きな差がついた原因は、現在のオンプレミスの基幹システムをクラウドに移行させてしまいたいと考えているユーザー企業が多い。しかし2つを比較した結果、パブリッククラウドのデメリットである障害コントロールが困難であったり、定量性の契約のためコストの予測が困難であったりするのでこれらを嫌ってプライベートクラウドを選ぶのが多いのだと推測することが出来る。この上で後記のハイブリッドクラウドを使ってパブリッククラウドが有利なところではパブリッククラウド、プライベートクラウドが有利なところではプライベートクラウドと使い分ける利用も増えている。

第三節 その他

最後にこれら2つクラウドの中間に位置するような実装モデルであるコミュニティクラウド、ハイブリッドクラウドについても解説する。

コミュニティクラウドはNISTに「クラウドのインフラストラクチャは共通の関心事(例えば任務、セキュリティーの必要、ポリシー、法令順守に関わる考慮事項)を持つ複数の組織からなる成る特定の利用者の共同体の専用使用のために提供される。その所有、管理、および運用は、共同体内の1つまたは複数の組織、第三者、もしくはそれらの組み合わせにより行われ、存在場所としてはその組織の施設内または外部となる。」と定義され、無制限にユーザーと共有していないので、パブリッククラウドより安全性の高いセキュリティー面での信頼性を担保することができる。一方で、複数の組織で共用している物なのでプライベートクラウドよりは構築コストや柔軟性が高い。

図 6 複数のグループで共有されるコミュニティクラウド

ハイブリッドクラウドはNISTに「クラウドのインフラストラクチャは二つ以上の 異なるクラウドインフラストラクチャ(プライベート、コミュニティまたはパブリック)の組み合わせである。各クラウドは独立の存在であるが、標準化された、あるいは固有の技術で結合され、データとアプリケーションの移動可能性を実現している。」と定義さる。このクラウドはパブリックなシステムとそうでないシステムを使い分ける事によって、それぞれの可用性やセキュリティー面の長所を生かし、それぞれ一方を使うよりも柔軟に運用をしようというものである。この2つはそれぞれパブリッククラウドとプライベートクラウドの中間に位置づけられるモデルである。

図 7 2つのクラウドを状況によって使い分けるハイブリッドクラウド

第四章 クラウドの問題点

前章ではクラウドの基礎知識を確認し、4つのサービスについて深く見ていく事によって、クラウドの理解を深めた。しかしクラウドには今までの章で見てきたようなメリットの一方でデメリットも存在する。本章ではクラウドが現在、もしくは未来に対して持っているリスク、大きなデメリットなどを確認して行く。

第一節 システム障害やデータ損失が及ぼす範囲の拡大

オンプレミスのサーバーで障害が発生した際にはユーザー企業の担当部署や、その外注を受けた企業などが自分達で事態を掌握し回復する。しかしパブリッククラウドを初めとしたクラウドサービスにおいてはそうは行かない。ユーザーはクラウドプロバイダーから提供されるサービスである使う際、プロバイダーが管理し責任を持つ物理的なハードウェア部分に関しては基本的に考えなくても良い。ユーザーが障害に対して責任を持つのはあくまで自分達で構築をしたレイヤーのみである。例えばIaaSであればユーザーはミドルウェアやアプリケーションに関しては自らの責任で管理し、面倒を見なくてはならない。反面ハードウェアなどに関しては基本的にプロバイダーが責任を持つものである。言い換えればどんな障害が起きようともユーザーは手を出すことはできず。プロバイダーによる復旧と障害報告を待つしか無い。また、オンプレミスではユーザーは企業内、組織内に独自にハードウェアを設置する。なのでオンプレミスではハードウェアは分散して存在している。一方クラウドは、複数のシステムが同じデータセンターにある程度集約化されている。つまりパブリッククラウドは不特定多数のシステムを同じ場所に集めそのスケールメリットを得ようという仕組である。オンプレミスであるならば、一つのシステムでトラブルが発生する時、障害が影響するのはそのシステムを利用している者だけである。しかし仮想化されたシステムがいくつも集約されたデータセンターが障害でダウンしてしまえば、そのクラウドを基盤としていたすべてのシステムのエンドユーザーに影響が出ることになる。この場合、障害が影響する範囲が格段に広くなってしまっている。

実際の事例でも、2012年の6月20日にファーストサーバ株式会社で発生したデータ消失事故では、原因は複数のプログラムミスや運用体制の不備が重なったことであったが、顧客から預かったデータの消失が5000件以上にのぼり、広い範囲に影響を与えることになった。

第二節 グローバル化による法的な問題点

国内でのパブリッククラウドのシェアを前章で示した通り、現在国内市場において海外のクラウドプロバイダーが上位を占めている。オンプレミスではサーバーは社内においてあり当然日本の法律によって縛られていた。しかしクラウドでは必ず自分のデータが慕韓されているデータセンターの場所が日本とは限ら無い。また国内に物理的なハードウェアがあっても外国企業であれば海外の法律に影響される可能性がある。主な海外の懸念される法律としてあげられるのが米国愛国者法である。アメリカ同時多発テロきっかけにして2001年10月に成立した法律で、法律の適用によって、米国に設置されたサーバーが捜査の対象とされやすくなることにより、クラウドの基盤となっているデータセンターから情報を閲覧されてしまうのではという懸念がある。実際2011年にはアマゾン ウェブ サービス ジャパンから東京データセンターも、米愛国者法の対象内という説明があった。また海外の裁判所を所管裁判所としている外資系クラウドプロバイダーも存在する。これは係争が発生したときの対応が難しくなってしまい、リスク要因の一つなってしまっている場合もある。また、他に懸念される法律として、プライバシー法制度であるEUデータ保護指令が挙げられる。これは十分なデータ保護レベルを確保していない第三国へのデータの移転を禁止する物だがアメリカや日本はこの基準に則していないとされている。

第三節 ネットワークに対する依存

クラウドは基本的にはインターネットの先にある機能にアクセスすることを前提にしたサービスである。逆に言えばクラウドを利用しようとするにはインターネットに必ずつながっていないといけないということである。オンプレミス型のプライベートクラウド以外ではネットワークにつながっていない間は何も出来ない。この時、企業などではオンプレミスなシステムに対して大きな損害が出てしまうことを覚悟しなくてはならない。

第四節 サービスの終了

PaaSからIaaSまで含め現在稼働しているクラウドによるサービスは大手から小さな物まで数多く存在するだろう。だがサービスと言うものは、利益にならないのであればクラウドプロバイダーの都合によっては簡単に終了させられてしまうことも考えなくてはならない。2013年にGoogleはサービスとして提供してきたクラウドRSSリーダー Google Readerの提供を終了した。Googleという巨大な企業でさえ15万人を超えるユーザーが、サービス終了の撤回を求めて嘆願書に署名したにもかかわらず、終了を撤回することはできなかった。また米HPもHP Helion Public Cloudを 2016年1月31日もって撤退してしまった。会社の大小に関係なく何かの拍子にサービス終了してしまうリスクがパブリッククラウドには存在ししている。

第五章 クラウドの未来

ここまでクラウドがメリットだけではなく、幾つかの問題点持っていることを確認した。この章では問題がありつつも普及が止められないクラウドが将来的にどうなっていくかを考察していく。まずクラウドと言うのは、オンプレミスが、物理的なハードウェアを所有し使用するのに対して、クラウドは、クラウドプロバイダーが持っているハードウェアやもしくはその上に乗るソフトウェアをインターネットを通してユーザーに提供するものであった。つまり今までの、所有して使う在り方から利用するあり方へ変わることがポイントであり、またクラウドは途中の経路やアプリケーションを動かす仕組などはどうでもよく結果的にアプリケーションが動けば良いのであった。なので、これを元に現在物理的ハードウェアとしてもっている物がすべてのクラウド化された極端な未来を考えてみる。例えばPCをなどは、各家庭には入力と出力になるインターフェイスだけあれば良く、今まで大きな箱の中に収まっていたCPUなどの代わりに必要な計算はすべてインターネットの雲の向こう側へ丸投げしてしまえば良い。現在クラウドの持つ可変性から考えると容量が足りなくなればワンクリックで容量を増やすことができ、メモリが足りなくなればワンクリックでメモリを足すことができ、計算能力が足りなくなればワンクリックでCPUなど強化することが出来るようになるのだろう。家庭用PCだけではなく、タブレットやゲーム機などの性能が求められる物はすべてクラウドに計算処理を扠せれば良い。もしサイズの違うタブレットを複数持っていれば、同じクラウドにアクセスすれば複数端末で設定が違うことに困ることは無い。またゲーム機ではモニタに繋がる形の物と携帯機で全く同じゲームをプレイ出来るようになる。但し家庭内のみで扱う物ならばともかく、家の外に持ち出すような機器の場合は問題がある。例えば現在のスマートフォンなどのsimの契約は、一定の容量で通信制限がかかってしまう。また気軽に使えるような共用Wi-Fiスポットの無い。なので、今の公共の通信ネットワークの中では実現は無理である。、なのでこれからネットワークに依存したシステムを作ろうとするならば、公共な場のネットワークに関しては新たに組み直さなければならなくなるだろう。このような予想はいささか極端に見えるかも知れないが、すでにゲーム機の世界ではクラウドによるゲームと言う試みは実現している。PS nowというサービスはサーバー上にあるケームにSony製のゲーム機やテレビからボタン操作だけを送り、結果が映像をストリーム配信という形で戻ってくるという仕組のもので、まだ 操作の遅延があり、映像もブロックノイズが入るような物であるが、携帯機と据え置き機で同じゲームを同じ品質で遊ぶことが出来る。また家庭用PCに対する試みとしてPaperspaceのPaperweightがある。これは、仮想デスクトップの概念をさらに一歩進めて、ブラウザー上で動き、どんなデバイスにもコンテンツをストリームするサービスであるが、日本語対応は十分ではないものの、全体的に完成度が高い。

第六章 まとめ

本稿ではクラウドサービスの基礎的な知識、現状を確認し、問題点をあげていくとともに、未来にどうなっているかを考察した。

インターネットの先にあるサービスを必要に応じて利用するのがクラウドであったが、クラウドは、サービスの仮想化された部分やアプリケーションとして、クラウドプロバイダーから提供される物であった。クラウドについて定量性で性能面に対してフレキシブルなことを強みだとするならば、パブリッククラウドは理想的なクラウドである。ホステッド型のプライベートクラウドは専用だが定額で区切られた区画を使うことが出来る。オンプレミス型は自前のリソースのみを扱える。一方で、パブリッククラウドはワンクリックでリソースを自在に扱うことができ、他に比べこの利点を引き出せる方式ということになる。もしどこからでもアクセス出来ることがクラウドの強みだとするのならば、パブリッククラウドやホステッド型のプライベートクラウドは理想的なクラウドである。オンプレミス型のプライベートクラウドが社内やグループ内からでしかアクセス出来ない。一方これに対してパブリッククラウドやホステッド型のプライベートクラウドならばインターネットの向こう側にあるものであるので定義上どこからでもアクセス出来るはずである。他にもセキュリティーのことを考えるのならばプライベートクラウドの方が有利であるはずである。システムは自分たちですべて掌握でき、自由に扱えるべきだと考えるならばオンプレミス型の方がいい。これはユーザー側がどういった考え方や主義を持っていて、どんな課題を持っているかでどれが必要かは変わってくるはずである。だがどうしても状況に合わせてそれぞれ有利な方式を使いたいのならば、それぞれの課題に合わせてハイブリッドクラウドにするのもいいだろう。

インターネットの中で集約化させてしまうことは、メリットもあったがデメリットもあった。集約化させておいたほうが、物理的なものを専門に扱う技術者と商材であるそれを最優先に考える投資よって、障害発生率は低くなるのかもしれない。しかし事故や障害といった物の発生率を0にすることは難しいことを考えると、本稿でした予想のように極端に集約化していった場合、ITは事故発生率が低くなっていく代わりに、事故が起こるととんでもない大事になって言ってしまうのかもしれない。だがしかし、しばらくはハイブリッドクラウドのように、パブリッククラウドとプライベートクラウドのいいとこ取りをしたようなクラウドが普及するだろう。そしてコストではないメリットを求めてクラウド普及していくだろう。

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  23. 勇嗣正野. (2016年8月10日). クラウドネイティブな開発スタイル. 参照先: IT Search+: https://news.mynavi.jp/itsearch/article/devsoft/1712
  24. 祐一吉荒. (2014年7月7日). 第1回 AWSの歴史、745機能をリリースし40回以上値下げ. 参照先: 進化するアマゾンのAWS その歴史とサービスの勘所: 進化するアマゾンのAWS その歴史とサービスの勘所