松本達平
エレベーターはビル内における主要交通機関として重要な役割をもっている。特に高層ビルでは輸送効率を高めるために複数台のエレベーターが設置されており、それらを効率良く運用する群管理システムが不可欠である。
エレベーター群管理は、ビル内の交通状況に応じて最適なエレベーターを割り当てる割り当て制御と、出勤時・昼食時など周期的に繰り返されるマクロな交通流の変化に応じてエレベーター群の運行を決定する運転制御の2種類に大別することができる。
また、一般的な割り当て方式として、呼出しが発生した時点でかご割当を行なう即時予備割当て方式と、一定の間隔をおいて周期的にかご割当てを行なう非即時割当方式が存在する。
エレベーターは「待機状態」「回送状態」「輸送状態」の3つの状態を持ち、表1に各状態の説明を示す。
表1.エレベーターの各状態の説明
また、図1に示す状態遷移を行ない、遷移の際の操作を表2に示す。
図.1 エレベーターの状態遷移図
表2.状態遷移の際の操作
表2の操作のうち、(1)・(3)の操作がエレベーター割り当てに相当し群管理システムによって処理される。また、(2)・(4)〜(7)については組み込みルールによって処理される。
大多数の乗客が特定の階から発生する出勤時は、出勤時運転と呼ばれる特殊な運転が行なわれている。 これは、乗客が多く発生する階(=主階床)に対し、呼び出しが発生していなくても強制的にエレベーターを配車する運転方法である。 この運転方法は主階床への配車台数が輸送効率に大きな影響を与え、配車不足だけでなく過剰な配車によっても輸送効率が低下する。 この、主階床に対する配車台数を決定する方法として、従来は主階床の乗客数を元に配車台数を決定していたが、匹田ら[1]による配車台数の決定方法が提案され高い効果をあげている。 また、マルチエージェントシステムを用いたエレベーター郡管理システムが小越ら[2]によって提案されている。
本研究ではエレベーター郡管理システムシミュレーターを作り、様々な環境に柔軟に対応する「より効率的な」つまり「客の平均待ち時間が短い」システムを提案する。
これは比較実験用に制作した割り当て制御のみを行なうシステムであり、最も時間が経過している呼び出しに対し、無作為に選ばれた待機状態のエレベーターを割り当てる単純なシステムである。
小越ら[2]が提案するシステムは、マルチエージェントシステムと強化学習を用いた運用・割り当て制御である。
このシステムでは、各エレベーターが自律システムとして動作しており、互いに通信を行うことにより制御を行っている。
また、各エレベーターに配車ルールと重みを与え、この重みを1工程毎に評価し直すことで最適な配車ルールを模索し、効率的なサービスを目指している。
ここで1工程とは、待機状態のエレベーターが回送・輸送状態を経て再び待機状態に戻る場合を指す。
このシステムは、表3に示すアルゴリズムを各エレベーターが実行するものである。 この時用いられる配車ルールは、各呼び出しボタンを呼び出しが発生してからの経過時間(押されていない・10秒未満・10秒以上20秒未満・20秒以上)と最近5分間の乗車人数(50人未満・50人以上)で細分化したものである。
表3.小越らのシステムで各エレベーターが実行するアルゴリズム
重みを変更する評価式を式1に示す。ここで、工程 s のルール番号 r の重みを w(s,r) 、累積平均待ち時間の目標値をα、累積平均輸送人数の目標値をβ、累積平均待ち時間を T 、累積平均輸送人数を P とし、 K は100の定数とする。このシステムの評価式による学習の目的は、TおよびPを一定の値に近づけ収束させる事である。
w(s+1,r) = w(s,r) + ( α - T ) / K + ( P - β ) /K (式1. 小越らによるシステムの配車ルール評価式)
彼等の方法は、想定外の乗客分布や故障などの事態に対して柔軟に対応することが出来るため、着眼点においては素晴らしい物であると言える。 しかし、重みの評価関数や配車ルールの設定において環境に依存する部分が大きく、大きな環境変化に対しては十分な制御を行うことが出来ないと予想される。また、特定の条件下では致命的なパフォーマンスの低下が見られる。これについては、4.3にて詳しく示す。
提案システムは、学習アルゴリズムを用いた運転・割り当て制御である。
このシステムは中央管理型で、表4に示すアルゴリズムで動作している。
ここで用いられている現在の配車台数とは、対象呼び出しが属する階で乗客を乗せている・対象呼び出しが属する階に回送状態・輸送途中で対象呼び出しが属する階に停止予定のいずれかに該当するエレベーターの数をカウントしたものである。
表4.提案システムで実行するアルゴリズム
最大配車台数は乗客が乗車した際、表5に示す条件と一致した場合に増減する。ただし下限を1とし、これを下回る値をとることはない。
表5.最大配車台数が増減する条件
シミュレーター制作にはperl 5.005_03を使用し、Debian GNU/Linux 2.2 - kernel 2.2・Windows 98 me 2000 にて動作確認を行なった。
設定できるパラメーターは以下の通りである。(ただし、原則として整数値のみ設定可能とする)
基本設定
エレベーターの設定
本シミュレーターでは、乗客分布を表6に示す形式のファイルとして与える。
表6. 乗客分布ファイルの書式(HH時MM分SS秒にO階でD階へ向かう乗客が発生している場合)
HH:MM:SS,O,D
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実験を行なう環境を表7に示す。 実験では各システム毎に乗客1人あたりの平均待ち時間を測定する。実験結果には、5回のシミュレーションで得た値を平均して使用する。 なお、1回のシミュレーションで得られる値は、実験開始から1時間毎に平均をとり、これらを更に平均したものである。 また、使用する乗客データは乱数を用いて作成されており乗客の90%が主階床から、残り10%が主階床以外から発生する。
表7.実験を行なう環境
乗客1200・2400・3600人/時でシミュレーションを行った結果を図2に示す。
図2.実験結果
ランダム割り当てシステムは、どの環境においても予想以上のパフォーマンスを発揮している。これは、乗客が多数存在する為に、ランダム要素が機能する機会が少なかった為だと考えられる。
このシステムで用いる割り当て制御は「最も時間が経過している呼び出しに対し、無作為に選ばれた待機状態のエレベーターを割り当てる」という方法であり、この割り当て制御においてランダム要素が機能する状況は、呼び出しに対し複数台の待機状態のエレベーターが存在している場合である。
しかし、出勤時などの乗客が多数発生する環境では、呼び出しに対し複数台の待機状態のエレベーターが存在する可能性は非常に低く、ランダム割り当てが行なわれる機会は非常に少ない。
従って、この割り当て制御では、最も時間が経過している呼び出しに対し、待機状態になったエレベーターを順次割り当てていく動作を行なうことになる。
このため、ランダム割り当てシステムは予想以上の結果を出したと考えられる。
小越らのシステムは、乗客3600人/時の環境において大きなパフォーマンスの低下が見られる。これは、彼らのシステムに劇的に状況が悪化するパターンが存在している為だと考えられる。
まず、単純化の為にエレベーターが1機の場合を考える。また、このエレベーターに与えられた主階床に対する配車ルールの重みが、何かの拍子に大き低下したとする。
この時、最も配車ルールの重みが大きいルールが属する階に割り当てを行なうこのシステムでは、主階床以外からの呼出しが存在する限り、主階床への配車は行なわれなくなってしまい、主階床に対する配車台数は大幅に低下する事になる。
また、彼らの重み評価方法では、割り当てが少ない主階床の重みは評価の度に低くなっていくと言う悪循環が繰り返されることになり、パフォーマンスの低下が起こると考えられる。
次に、エレベーターが複数代存在する環境を考える。ある時、1台のエレベーターが前述した環境に陥ったとする。
この時、乗客数がそれほど多くない場合は、他のエレベーターがカバーすることで極端な悪化は起こらない。
しかし、乗客が多数発生している場合は、他のエレベーターにも十分なカバーを行う余裕がなく、全てのエレベーターを巻き込んで悪循環のパターンへの陥ることになる。
従って、小越らのシステムは、多くの乗客が発生する環境において致命的なパフォーマンスの低下が起こるのだと考えられる。
提案システムはどのような環境においても良好なパフォーマンスを発揮している。 これは、単純な割り当てシステムを使用している為に極端に悪い配車を行なう事がなく、各呼び出しに最大配車台数を設ける事により、特定階で大量の客が発生しても柔軟に対応する事が出来る為だと考えられる。
本稿では、エレベーター群管理シミュレーターを制作し従来システムとの比較を行なった。
参考文献