P4PによるP2Pの効率化

  1. 情報通信工学科4年 06KC125 村松 謙
  2. 指導教員 坂本直志
  3. Mar 05, 2010

目次

1 はじめに
2 インターネットの構造
3 P2Pによる問題
4 P4Pとは
5 シミュレーションによるP4Pの評価
5.1 シミュレーション環境
5.2 ピア選択
5.2.1 P2P
5.2.2 P4P
5.3 結果
6 まとめ
7 参考文献

1 はじめに

 近年、P2Pアプリケーションはファイル共有、リアルタイム通信、ライブメディアストリーミングなど、多くの役割を担っている。しかし、これらによる非効率なネットワークリソースの利用がISP(Internet Service Provider)コストの増大を招き、バックボーンネットワークを圧迫するという問題が発生している。一部ではP2Pトラフィックを制限するISPが出始めた。

 この問題を軽減する技術として、ISPがピア選択のための接続情報を提供するP4P(Provider Portal for application)が注目されている。P4Pの性能は[1, 2]において評価され、ISPの中継サービス(トランジット)のトラフィックの削減が示されている。しかし、それは単一のISPに着目したものであり、ISP側にとって良い結果が示されているのみで、ユーザ側のインセンティブ、例えばダウンロード速度の向上などについての明確な記述がされていない。

 そこで本稿では、複数のISPにおいてP4Pを導入したピュアP2Pファイル共有ネットワークの性能評価をシミュレーションによって行い、ダウンロード速度、通信量に対する影響を示した。

tier1
図 1: Tier1 プロバイダ

2 インターネットの構造

 現在のインターネットの利用は、ISPによりユーザへ広く普及した。ISPが顧客のトラフィックをインターネットに流すためには、他ISPと相互に接続する必要がある。その手段としてIX(Internet eXchange)と接続したり、BGP(Border Gateway Protocol)によるAS(Autonomous System)間での経路情報交換を行ったりしている。インターネットの全経路情報(フルルート)数は約200万経路である。フルルートを保持するISPはTier1と呼ばれ、・のような10社のISPが相互に経路情報を交換することでフルルートを保持している。フルルートを保持しない下位ISPはTier2やTier3などと呼ばれ、集約された情報(デフォルトルート)を受け取る。デフォルトルートに指定されたISPは他ISPのトラフィックを中継させることがある。このような通信の中継サービスをトランジットと呼ぶ。下位ISPは他ISPにトランジットしてもらう代償として、トラフィック量に応じた料金を支払わなければいけない。インターネットの構造は・のような階層関係となってISP同士が相互に接続されている。

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図 2: インターネット構成例

3 P2Pによる問題

 P2P(Peer to Peer)とは、コンピュータが対等に相互接続し、サーバやクライアントといった区別をすることなく動作するコンピュータ(Peer)の集合によって自律・分散的に構成されるシステムである。Winny、Share、BitTorrentに代表されるP2Pアプリケーションは、インターネットユーザーの新たな情報交換形態として普及した。

 クライアントとサーバを分離するクライアントサーバモデルと比較すると、ネットワーク上の特定の機器や回線への負荷の集中が発生しにくく、利用者の拡大に対するスケーラビリティがあり、冗長性があるため信頼性が高いという特徴がある。

 P2Pの接続形態に関しても複数存在するのだが、本稿ではピュアP2Pについて述べる。ピュアP2Pは、互いの接続情報を通信しあって仮想のネットワーク接続を行うことで、サーバを完全に必要としない通信形態である。

 接続情報の交換には多くのコンピュータと通信することから、P2Pアプリケーションの利用には大きな通信量を伴う。特に、Winnyの平均消費帯域は約10[Mbps]といわれている。更に、ダウンロード要求先のピア、ダウンロードを許可するピアの選択は、インターネット構造を無視する上に無作為である。

 これらにより、外部ISPとの通信量の増加によるIXのトラフィックの圧迫や、トランジットの増加によるISPコストの増加・トランジットをするISPのトラフィックの圧迫を招くという問題が起きている。一部では特定のP2Pアプリケーションや特定のヘビーユーザの利用により発生するトラフィックを規制するISPが出始めた。

 主な帯域制御方式は、アプリケーション規制方式と総量規制方式が採用されている。アプリケーション規制方式は、パケットのフローやパケット内の情報によりアプリケーションを識別し、特定アプリケーションのトラフィックを制御したり、特定のポートからのトラフィックを制御することにより、そのポートを主に使用するアプリケーションを制御する方式である。総量規制方式は、個々のユーザのトラフィック量を測定し、一定のトラフィック量を超えたユーザに対してトラフィックを制御する方式である。

4 P4Pとは

 3章で述べたピア選択におけるP2Pの問題を改善する手段として、P4P技術が提案された。P4Pは、ISPがP2Pアプリケーションに対して提供するピア選択のための接続情報のことで、非効率なピア選択の改善が期待される。

 例えば、図3のようなネットワークを想定して、あるピアがファイルのダウンロードを要求する時、通常のP2Pであれば全ネットワークから無作為に選択する。それにより図3のようなISPを超えた通信やトランジット通信が発生する可能性もある。理想としては、ASホップ数を考慮してピアを選択することで、できるだけネットワーク的に近いピアとの通信を行いたい。このようなピア選択をするための情報をISPから提供されることで、外部ISPとの通信やトランジットにかかるトラフィックを削減することができ、ISPにかかるコストも抑えられる可能性がある。

 しかし、ユーザ側に対するインセンティブ、例えばダウンロード速度の向上があるなどということは明確に述べられていない。そこで本稿では、P4PをサポートしたピュアP2Pファイル共有ネットワークの性能評価をシミュレーションによって行い、ユーザ側にもP4Pを導入するインセンティブがあることを確認する。

p2p_p4p
図3 ピア選択の比較

5 シミュレーションによるP4Pの評価

 本章では、P4Pを導入したピュアP2Pファイル共有ネットワークのシミュレーションによる性能評価方法とその結果を示す。

network
図4 シミュレーションにおけるネットワーク図

5.1 シミュレーション環境

 本稿では、図4のようなネットワークモデルにおけるP2Pファイル共有ネットワークを想定したシミュレーションを行う。ファイル共有を行うピアはTier2 ISPに属したものを対象とし、各ISP毎に同数ずつ接続されている。各ピアは全ピアの連絡先と所有しているファイル名を知ることができるものとする。各ピア間の通信において、ISP間の通信の中でTier1 ISPを中継した通信は、トランジット通信と考える。

 シミュレーションはタイムスロットを単位として進行する。各タイムスロット毎に、所望のファイルを選択し、そのファイルを所有しているピアのリストからファイル要求のクエリを送るピアを1つ選択する。選択されたピアは、自分にクエリを送ってきたピアの数に対して1タイムスロット毎にダウンロード要求をしている各ピアへ伝送できるデータサイズを計算する。

 ただし、本稿のシミュレーションではASホップ数を考慮した伝送容量への重み付けを行う。図1から、ダウンロード要求を受けたピアから見て内部ISPのピア、つまりASホップ数が0であるピアをA、トランジットのない外部ISPのピア、つまりASホップ数が1であるピアをB、トランジットリンク間、つまりASホップ数が2であるピアをCとし、A・B・Cにおける伝送容量への重み付けの値と自分にダウンロードの要求をしてきたピアの数をそれぞれ(a, b, c)、(x, y, z)、ファイルのダウンロードを許可するピアの1タイムスロット毎の利用可能最大帯域を1とおいて、以下の等式が成立するような各ピアの伝送容量の重み付き平均を決定する。

a

ax+by+cz
x+ b

ax+by+cz
y+ c

ax+by+cz
z=1      (5.1)

5.2 ピア選択

 P4Pは、ISPがピア選択のために提供する接続情報である。本稿では、ピア選択において通常のピュアP2PとP4Pを用いるピュアP2Pとのピア選択方法を、P4Pの性能評価における比較点としている。次節から、ピュアP2P・P4Pを導入したピュアP2Pにおけるピア選択方法について述べる。

5.2.1 P2P

 ファイルのダウンロードを要求するピアは、所望のファイルを所有しているピア候補を作成し、その中からランダムに1ピア選択してファイルをダウンロードするためのクエリを送る。ダウンロード要求を受けたピアは、クエリを送ってきた全ピアを対象にランダムに3ピアのダウンロードを許可するピアを選択する。

5.2.2 P4P

 ファイルのダウンロードを要求するピアは、ピュアP2Pのピア選択動作と同様の方法でダウンロードを要求するピアを決定する。 ダウンロード要求を受けたピアは、ダウンロードを要求されたファイルが十分に行き渡っていない初期段階は外部ISPによるダウンロードの許可を優先する。全ISPにおいてダウンロードを要求されたファイルが1個以上ダウンロードされたら、自ISP内のピアに対するダウンロードの許可を優先するという戦略を採る。

表1 シミュレーションパラメータ

ファイル数 1個
ピア数 ISP毎に10~1000個
伝送容量の重み ISP内通信 10
ISP内通信間通信 5
トランジット通信 1

5.3 結果

 本稿でのシミュレーションは表1に示すパラメータを用いて行った。図5に、ISP毎に10~1000ピア間でファイル共有したときにかかるダウンロード時間の関係を示す。P4Pを導入した場合のP2Pのダウンロード時間を通常のP2Pと比較すると、一定した差でP4Pの方が速くダウンロードが完了していることが分かる。

 図6は、ISP毎に10~1000ピア間でファイル共有したときにかかるISP内におけるダウンロード通信量の関係を示している。2方式間のダウンロード通信量の差異が、ユーザ数が大きくなるにつれて大きくなっていることが分かる。

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図5 ユーザ数とダウンロードに要した時間の関係
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図6 ユーザ数とISP内におけるダウンロード通信量の関係

 図7と図8は、ISP毎に10~1000ピア間でファイル共有したときにかかるトランジットのないISP間におけるダウンロード通信量の関係、トランジットの発生するISPにおけるダウンロード通信量の関係を示している。どちらも、2方式間のダウンロード通信量の差異が、ユーザ数が大きくなるにつれて大きくなっていることが分かる。

i_isp
図7 ユーザ数と外部ISP間におけるダウンロード通信量の関係
transit
図8 ユーザ数とトランジットネットワークにおけるダウンロード通信量の関係

6 まとめ

 本稿でのシミュレーションは表1に示すパラメータを用いて行った。図5に、ISP毎に10~1000ピア間でファイル共有したときにかかるダウンロード時間の関係を示す。P4Pを導入した場合のP2Pのダウンロード時間を通常のP2Pと比較すると、一定した差でP4Pの方が速くダウンロードが完了していることが分かる。

 図6は、ISP毎に10~1000ピア間でファイル共有したときにかかるISP内におけるダウンロード通信量の関係を示している。2方式間のダウンロード通信量の差異が、ユーザ数が大きくなるにつれて大きくなっていることが分かる。

7 参考文献

  1. [1] Xie, H., Krishnamurthy, A., Silberschatz, A., and R. Yang, ”P4P: Explicit Communications for Cooperative Control Between P2P and Network Providers”
  2. [2] H. Xie, Y. R. Yan, a. krishnamurthy, Y. Liu, and A. Silberschatz, ”P4P: Provider portal for applications”, Aug. 2008.
  3. [3] Karagiannis, T., Rodriguez, P., and K. Papagiannaki, ”Should ISPs fear Peer-Assisted Content Distribution?”, ACM USENIX IMC, Berkeley 2005.
  4. [4] 日本インターネットプロバイダー協会, 電気通信事業者協会, テレコムサービス 協会, 日本ケーブルテレビ協会, 帯域制御の運用基準に関するガイドライン, 平成 20 年5 月