図1 ニコニコ動画の再生画面
過去にはテレビや雑誌主導による芸能ブームがあり、さまざまな文化が生まれてきた。 一方、現代はさまざまなメディアがあり、様々なメディアで様々な人気のコンテンツが 発生し、様々な文化が生まれている。本研究では、様々なメディアにおける人気のコン テンツ自体が持つ特性を調べた。特に従来のテレビのような商業的なメディアではな く、アマチュアの自発的な活動から生まれた文化が従来のメディアのコンテンツとど のように違うかを考察したい。そこで、本研究ではニコニコ動画の特定のタグを持つコ ンテンツにおいて、動画の再生数などから統計的な分析を行い、分布を求めたい。
「ジップの法則(Zipf’s Law)とは一般にある領域での語の出現頻度はその出現頻度順位 と反比例するという経験則である。語彙統計研究の一つである使用率分布問題(使用率 が着目値以下の見出し語の数が語彙量の何割にあたるかに帰着する問題)への解の一つ として提案されている。ジップの法則を式で表現すると、ある領域における見出し語の 頻度(あるいは確率)を P、出現頻度の大きいほうから振った順位を r とすると Pr≒C の 関係が成り立つというものである。(中略)ある事象において生起順位と正起確率は 反 比例 するというジップの法則は、さまざまなタイプの社会現象で、近似的に成り立つ 経験則でもある。たとえば、都市の人口、文献の参照回数、企業の所得分布、映画の観 客動員数などで当てはまる場合が知られている。最近では、web ページへのアクセス回 数にも成り立つという研究もなされ、注目されている。」(横川,2002,p604)
井庭氏の論文[2]は書籍の売り上げには一部の商品が爆発的に売れる「ウィナー・テ
イク・オール市場」になっているという事実を切り口に、日本全国の書籍販売のデー
タをもとに商品販売市場に潜む法則性を解析するという趣旨のものである。解析の結
果から、縦軸を書籍の販売冊数(割合)、横軸を順位のグラフになおすと、r を順位と
したときに
𝑆(𝑟) = 0.0214𝑟−0.7758 (1<𝑟<10000)
の式が相関係数 0.9965 で得られることがわかった。
また、本論文では書籍の販売冊数と順位の間にべき乗分布があることを示したうえで、
毎日新聞社の書籍の購買選択のきっかけを調べたアンケート調査を提示し、「消費者
は店頭での露出、メディアでの広告や評価、知人間の話題に影響をされるということ
などが想定される」(pp.134)と見解を示した。本論文ではこの井庭氏の研究結果を商
業的メディアにより影響を受けたコンテンツの特性とし、比較対象とさせていただく。
本研究で用いる用語について述べる
ニコニコ動画は日本の動画共有サイトの 1 つであり、再生中の動画にユーザーの書き 込んだコメントを表示させるというユニークな機能を持っている。動画に対する感想 やツッコミのコメントが動画の付加価値となるため、アマチュアのマニアックな投稿 動画に多くの人がコメントを残しに動画を再生し、人気を得る様子が見られる。その ためニコニコ動画はアマチュアの自発的な活動から生まれた独自の文化を持った動 画サイトとしてよく扱われ、今もなお、さまざまなジャンルや特有のコンテンツが投 稿されている。本実験ではサイト内で人気があり、テレビ主導のメディアであまり見 かけないであろう 3 つのカテゴリの動画について、ニコニコ動画を用いてデータを収 集した。
図1 ニコニコ動画の再生画面
動画タグとはニコニコ動画の機能の一つであり、動画に付箋のような分類わけをする ことができる機能である。また「タグ検索」という機能により、任意のタグが付いた動 画を検索できる。実際に[音楽]とタグ検索を行うと、ユーザーが[音楽]という動画タグ をつけた動画のみヒットする。
![図2 [音楽]とタグ検索している様子](zu2.PNG)
図2 [音楽]とタグ検索している様子
Vocaloid(ボーカロイド)とはヤマハ株式会社が開発した音声合成技術、およびその応 用製品である。ニコニコ動画では、これを用いた動画に対して[Vocaloid]という動画 タグがよくつけられている。動画内ではオリジナル楽曲やカバー楽曲を歌わせている 事や、ナレーションなどに使用されることが多い。
踊ってみたとはダンスを披露する動画によく用いられる動画タグの名称である。ニコ ニコ動画内ではアマチュアが既存の楽曲に対してオリジナルの振り付けで踊ったり、 既存の振り付けを踊ったりする動画が多く存在している。
MikuMikuDance とは樋口優氏が個人で開発し、ウェブサイトで無償公開しているフ リーの 3DCG ムービー製作ツールの名称である。ニコニコ動画内ではツールを用い て製作した 3D モデルのキャラクターを使った映像が多く存在している。
任意の動画タグがついた動画を再生回数順に並べ、1 位から 1600 位までの動画タイト ルと再生数を取得する。今回の実験では[Vocaloid][踊ってみた][MikuMikuDance]の 3 つの動画タグについて調べる。
API を用いた情報取得が不可能なため、すべて手動で行なった。1 ページ当たり 32 本 の動画が表示されるため、32 本の動画タイトル、再生回数を Excel に記録し、次のペ ージへ移動するという手順を繰り返した。取得範囲は、ニコニコ動画のタグ検索により 表示可能な 1600 位までの動画とした。しかし、150 位以降の動画については 150 位、 200 位、250 位、と 50 位ごとにデータを取得した。
[Vocaloid][踊ってみた][MikuMikuDance]における動画の再生数をまとめたグラフを 図 3.1 に示す。また、図 3.1 の 2 軸を対数でとったものを図 3.2 に示し、その近似式を 表 3.1 に示す。
図3.1 再生回数と順位の推移
図3.2 再生回数と順位の推移(両対数)
表1 使用パソコン
| 動画タグ名 | Excel で求めた近似式(累乗近似) | 相関係数𝑅2 |
|---|---|---|
| Vocaloid | Y = 4 ∗ 107𝑥−0.544 | R2 = 0.9504 |
| 踊ってみた | Y = 1 ∗ 107𝑥−0.569 | R2 =0.9873 |
| MikuMikuDance | Y = 7 ∗ 106𝑥−0.455 | R2 = 0.9915 |
5 の実験結果をもとに考察する。
両対数グラフに置き換えた図 3.2 に注目すると、3 本のグラフがそれぞれ直線になら っていることから、対数関数であることがわかった。また、表 3 の近似式の x の指数 部分に注目すると、3 つとも-0.5 に近い値をとることがわかった。
”書籍販売市場における隠れた法則性”(井庭崇 2007)によれば書籍の売り上げもべき 乗則に従い、指数部分は-0.7758 だと観測されている。よって、ニコニコ動画の再生 回数と順位のグラフは、書籍の売り上げと順位のグラフよりも近似式の指数部分の絶 対値が小さいということがわかった。このことより、アマチュアの自発的な活動から 生まれたコンテンツはメディアでの広告を受けやすいコンテンツと比べ「ウィナー・ テイク・オール市場」の状態になりづらいということが考えられる。
本論文ではニコニコ動画の動画再生回数と順位、書籍の売り上げ冊数と順位を比較し、 アマチュアの自発的な活動から生まれたコンテンツとメディアでの広告を受けやす いコンテンツが持つそれぞれの特性を比較した。結果として、双方ともにべき乗則が 観測され、ニコニコ動画の動画再生回数と順位の近似式は、書籍の売り上げ冊数と順 位の近似式と比べ、指数部分の絶対値が小さいことがわかった。これにより、メディ アによる広告を受けやすいコンテンツと比べ、アマチュアの自発的な活動から生まれ たコンテンツは一部の作品が爆発的に人気を得てしまうという状態になりにくいこ とがわかった。今後の発展としてはさらに多くのデータを集め、より正確な近似式を 求めることがあげられる。